唄入り
君が代(日本国の国歌)    【作詞:古歌 作曲:林 広守】

(唄入りは前奏あり)
  君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌(いわお)となりて 苔(こけ)のむすまで

明治13(1880)年

1.君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
  動き無く 常磐(ときわ)かきはに 限りもあらじ
2.君が代は 千尋の底の さざれ石の 鵜(う)のゐる磯と あらはるるまで
  限りなき 御代(みよ)の栄(さかえ)を ほぎたてまつる
と言う詞であったが、現在のように1番の前半までしか歌わなくなったのは、明治30年頃だと言われている。

明治時代になり国歌が必要と考えた薩摩藩(現在の鹿児島県)の大山 巌らが、
その歌詞として、古歌から、この歌を選定したと言われている。
1880(明治13)年に宮内省雅楽課の林広守らによって、
日本の伝統音楽である雅楽の曲が付けられ、現在の君が代の楽譜が完成された。
1893(明治23)年8月12日、文部省告示「小学校祝祭日大祭儀式規定」が公布されて、
小学校の祝日・大祭日の唱歌として「君が代」「一月一日」「紀元節」など8曲が定められた。
しかし、それから100年間、君が代は「国歌」のように思われ続けていたが、
条文にはそれを定めた物が無かったのである。
そして、小渕恵三内閣のときに、国旗と国歌は我が国が成文法の国で、
国旗と国歌が今まで慣習として「日の丸」「君が代」だったので、21世紀を迎えることを一つの契機として
国旗と国歌を成文法で明確に規定することが必要だと考え、法制化に向かい、
1999(平成11)年6月29日衆院本会議 国旗・国歌法案の提案趣旨説明し、
同年7月22日衆議院本会議 国旗・国歌法案、討論と採決され、
7月28日参議院 国旗・国歌法案提案趣旨説明、質疑を経て、
同年の1999(平成11)年、「国旗国歌法」により、正式に国歌となった。


MIDI曲は「須佐卓郎の音楽ルーム」より。


YouTube](日本国国歌「君が代」)、[YouTube](日本国国歌「君が代」+α)、[YouTube](さだまさし)


君が代行進曲   【編曲:吉本 光蔵】

YouTube](君が代行進曲)

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