北野天満宮(YSミニ辞典)

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北野天満宮(きたのてんまんぐう) : 北野天神。北野神社。
    京都市上京区馬喰町にある神社で、創建は903(延喜3)年。主祭神・菅原道真(みちざね)をまつる。
    道真公は幼少の頃より文才を表し、5歳で歌を詠み、14歳半ばで漢詩書き、
    「和魂漢才」の精神を以って学問に勤しまれ、朝廷の官吏として活躍された。
    頭脳明晰で官僚としては異例の出世をはたしたが、
    藤原一族の陰謀により無実の罪で大宰府に左遷させられ、失意のうちに没した。
    その後、京都では天災や疫病が相次ぎ、これは道真公の祟りのせいだと言われるようになり、
    その霊を鎮めるために平安時代中期に多治比文子らによって
    京都北野の右近馬場の地に道真公の御霊を祀ったのが始まりとされている。
    987(永延元)年、一条天皇の令により初めて勅祭が執り行われ「北野天満宮天神」の神号を得た。
    1004(寛弘元)年の一条天皇の行幸を初めてとし、
    以後、天皇家や朝廷、貴族から一般民衆に至るまで、あらゆる人々から厚い信仰を受けてきた。
    境内の松林一帯はかつて秀吉公が北野大茶会を催した場所である。
    また、境内には、道真公が好んだ梅の木約2000本が植えられており、早春には美しい花を咲かせる。
    江戸時代には寺子屋の精神的中心として菅公の御分霊がお祀りされるなど、
    「天神様」の愛称で親しまれ、以来学問の神様としての信仰は現在に至るまで受け継がれている。
    権現造りの社殿は、1607年豊臣秀頼の再建で国宝に指定され、「北野天神縁起」をはじめ
    多数の文化財を所蔵している。太宰府天満宮とならび全国1万社ある天満宮の本宮であり、
    福岡の太宰府天満宮・山口の防府天満宮と合わせて日本三天神に数えられる神社である。
    また、学問や芸能の神として有名で、毎年多くの受験者が参拝に訪れる。
    2006年の正月3が日には、約50万人もの人がここを訪れた。
    受験生にオススメなのが、学力向上を祈願したかわいらしい「福天神人形」である。
    参 : 北野天満宮(HP)
    
    表参道の「一の鳥居」
    
    境内側からの第一鳥居
    
    影向松(ようごうのまつ)。影向とは、神仏が一時姿を現すこと。
    初雪の日に御祭神がこの松に降りてこられ歌を詠まれるという言い伝えがある

    
    二の鳥居
    
    三の鳥居。奥に見えるのは楼門
    
    伴氏社説明板
    
    伴氏社。菅公の母君・伴氏を祀っている
    
    楼門
    
    向かって左側にある右大臣の菅原道真公(吽形)
    
    向かって右側にある左大臣の藤原時平公(阿形)
    
    「天満宮の手水」として親しまれている「手水舎(ちょうずや)」
    
    宝物殿
    
    宗像社(むなかたしゃ)。祭神は田心媛神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、
    市杵島姫神(いちき しまひめのかみ)

    
    絵馬堂(休憩所)
    
    絵馬掛所入口の鳥居
    
    彫刻の中に日・月・星の三光がある重文の「三光門(さんこうもん:中門)。
    1607(慶長12)年に豊臣秀吉の遺命に基づき、豊臣秀頼の寄進によって建てられたものとされている。
    後西天皇御宸筆『天満宮』の勅額(ちょくがく)が掲げてある

    
    国宝の「社殿(拝殿)」。本殿はこの建物の後ろ側に並んでいる
    
    本殿
    
    
    
    神明社。祭神は天照大神(あまてらすおおかみ)、豊受大神(とようけおおかみ)
    
    文子社。主祭神は「多治比文子(たじひ の あやこ)」で、
    相殿には「神良種(みわ の よしたね)」「太郎丸(たろうまる)」「最鎮(さいちん)」が祀られている

    
    御土居の説明板
    
    御土居の紅葉の石碑
    
    一之保神社(いちのほじんじゃ)。祭神は菅原大神(菅原道真公)。
    奇御魂神社(くしみたまじんじゃ)。祭神は道真公の奇御魂。
    「奇御魂」とは、さまざまな不思議や奇跡をよびおこす特別な力を持った神霊のこと

    
    地主神社説明板
    
    地主神社。境内で最も古い社で、北野天満宮創建前からの地主の神
    
    車祓所
    
    福部社(ふくべ しゃ)。祭神は十川能福(そごう のうふく)。
    十川能福は、菅原道真の舎人(牛車を引く牛の世話役)だった人。右側に老松社がある。
    福部社は、開運招福の神とされ、3月12日に例祭が行われる

    
    老松社説明板
    
    老松社。祭神は島田忠臣翁
    
    火之御子社(ひのみこしゃ)。祭神は火雷神。右側に白太夫社がある。
    北野天満宮がこの地に鎮座する以前よりこの地にあり、「北野の雷公」と称えられ、
    雷電・火難・五穀の守護として、朝廷より篤く崇敬されていた

    
    白太夫社(しらだゆうしゃ)。祭神は渡会春彦翁
    境内の神牛の像
    菅原道真の生まれが丑年で亡くなったのも丑の月の丑の日といわれ、牛は天神様の神使とされる。
    境内各所には神牛の像が置かれているが菅原道真が亡くなり遺骸を運んでいた途中で
    牛が座り込んで動かなくなったためその付近の寺院「安楽寺」に埋葬されたことにちなみ、
    全て臥牛(横たわった牛)の姿となっている。
    しかし唯一拝殿の欄間にある彫刻には立った牛の姿の神牛が刻まれている。
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    
    拝殿正面、大鈴の上の欄間にある神牛(唯一の立ち牛)



























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