YSミニ辞典(隠岐の島関連)

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岩倉の乳房杉(いわくらのちぶさすぎ) : 島根県の隠岐諸島で最大の島「島後」の最高峰
    「大満寺山(標高608m)」の東麓にある樹齢800年の樹高約38m、幹周約9.6mの古杉で、
    根ま16mで地上4mのところで15本に分岐し、さらに地上10m位のところから
    20数個の巨大な鐘乳石状の乳根が下がり、長いものでは2.6mにも達している。
    乳房根の最大のものは、長さ2.55m、周囲2.25mに達すると言う。
    梅雨期には、乳根の先から白い樹液が出ることからこの名がついたと言われている。
    
    1965(昭和40)年5月21日に島根県の天然記念物に指定され、日本の巨樹・巨木にも掲載されている。
    地元では「岩倉さん」呼び、現在も岩倉神社の神木として祀られ、毎年4月に祭礼が行われている。
    夏の早朝に見ると、朝霧に包まれた威容が息をのむほどに神々しいといわれる。
    またこの他にも、幹が6つに分かれた巨樹・かぶら杉(樹齢600年)や、
    玉若酢命(たまわかすのみこと)神社の境内に立つ、八百杉(樹齢2千年)などがある。
    参 : 隠岐の島町(HP)
隠岐の島(おきのしま) : 隠岐諸島(おきしょとう)の一般呼称名で、「隠岐群島(おきぐんとう)」とも言う。
    島根半島の北方約50〜60kmにある諸島で、本土から隠岐海峡を隔てた北緯36度付近に位置する。
    隠岐諸島は島後水道を境に「島前(どうぜん)」と「島後(どうご)」に分けられる。
    「島前」は「島前三島」と呼ばれる知夫里島(知夫村)、中ノ島(海士町)、西ノ島(西ノ島町)から構成され、
    「島後」は島前三島から島後水道を隔ててた島後島(隠岐の島町)の一島から構成される。
    主な島はこの四島であるが、付属の小島は約180を数える。
    隠岐の島町は、2004(平成16)年に隠岐郡西郷(さいごう)町と、
    布施(ふせ)、五箇(ごか)、都万(つま)の3村が合併して成立した。
    島後島は約242kmで、日本では徳之島に次いで大きく、15番目の面積を持つ。
    人口は、島後に約18000人、島前に約6000人、あわせて約24000人。
    一番多きな島、島後を一周するには、約80kmの道程を車で約3時間かかる。
    
    隠岐の島MAP(2008.9.1、浄土宗新聞より)
    
    同上
    
    隠岐の島の観光地(ジパング倶楽部「旅のアトリエ」2009年5月号より)
    この四島には縄文早期や前期に、既に人々が住みつき、本土と活発な交流があった跡が
    石器や土器に現れている。古代には隠岐諸島をもって隠岐国が置かれていた。
    現在は国立公園に指定され、美しい海に囲まれる隠岐諸島は、
    かつては多数の貴人・文人の流刑地となっていた島で、小野篁、伴健岑、藤原千晴、平致頼、
    源義親、板垣兼信、佐々木広綱、後鳥羽上皇、後醍醐天皇、飛鳥井雅賢たち、多くの人々がが流された。
    現在では島根県七類港、鳥取県境港市から高速船や大型フェリーが本土と島を短時間で結んでいる
    ことに加え、ジェット空港となった新隠岐空港には大阪から1時間のフライトで到着することが出来る。
    布施・浄土ケ浦海岸
     浄土ケ浦海岸は、島後の北東部なある布施村の東、崎山岬の北側、約1キロに渡り広がる。
    その海岸線は、日本海の波風が彫りあげた、さまざまな形の岩礁が作る、
    入り組んだ地形となっており、その中に、大小の島が浮かんでいる。
    海に臨んだ岸壁には、多数の松が根を張り、濃い緑色の葉を、潮風に向かい茂らせている。
     浄土ケ浦は、1938(昭和13)年に、国の名勝として指定され、
    また多様な海洋生物を観察できる海中公園として、ダイビングの人気スポットにもなっている。
     室町時代の僧・一休宗純和尚がこの地を訪れた際、
    「釣に出て身はさぶ島のやれ衣布施来て見れば浄土なるらん」と詠み、
    以来、この海岸は浄土ケ浦と呼ばれることになったと、島の伝説は伝えている。
     島後の玄関口・西郷港から車で約40分。松林の間の道を降りると、白い大小の丸石で出来た、
    その岸辺に下り立つことができる。打ち寄せる波の色は、見事なまでの瑠璃色。
    空と海の青、緑の木々のコントラストに、清浄の地、極楽浄土の姿を思うことができるだろう。
    
    布施・浄土ケ浦海岸(2008.9.1、浄土宗新聞より
    ローソク島
     ローソク島は、その名の通り、ローソクの形をした高さ約20mの奇岩で、
    沈む太陽が、先端にかかると、まるで火が灯ったように見えることから、夕日の観光地として知られる。
     ただしこの眺めは、陸地からは見られず、五箇村・福浦港から、日没に合わせて出発する
    遊覧船(要予約、大人2千円、小人千円)に乗らなければならない。
     雲の位置や、大気の湿度、波の具合など、さまざまな条件が重なるため、
    その光景が必ず見られるとは限らないが、もしも機会に巡り合えたなら、
    ため息をつくような感動を味わえるだろう。
     福浦港までは、西郷港から車で30分。遊覧船の乗船時間は50分ほど。
    
    ローソク島(2008.9.1、浄土宗新聞より
    隠岐の島の神社
     島前・島後を合わせ、隠岐には多数の神社があるが、中でも水若酢(みずわかす)神社は
    隠岐の一ノ宮(最も格式が高い神社)、玉若酢命(たまわかすのみこと)神社は、
    隠岐の惣社(その地域の神を集めて祀った神社)とされる由緒ある神社である。
    いずれも隠岐造という島独特の社殿を構え、6月、
    玉若酢命神社では御霊会風流という盛大な祭りが開かれる。
    国分寺蓮華会舞(こくぶんじれんげえまい) : 
     隠岐最古の寺院(731年建立)という国分寺の境内で、4月に演じられる舞楽。
    平安時代、隠岐に伝来した当時の宮廷舞楽の流れをくむものと言われ、
    仏や竜王などの面と衣装を着けた人々が、舞を奉納する。
    1977(昭和52)年に、国の重要無形民俗文化財に指定された。
     2007(平成19)年2月に国分寺本堂が火災にあい同年は中止されたが、
    島民の熱意により、翌年復活を遂げた。
    参 : 隠岐の島町(HP)、隠岐の島(HP)




























































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