燈籠(YSミニ辞典)
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燈籠(a lantern)とうろう : 灯籠。燈篭。灯楼。
@灯火をともす器具。照明具の一つ。石や金属、また、竹や木などで作る。
本来、神前や仏前に灯火を献ずるための具で、台灯籠は亡くなった方に対する
供養の意味で建てられたと言われる。大別すると、台に建てる「台灯籠」と、
上から下げて吊る「釣
(つり)灯籠」に分かれ、それぞれ、木製、石製、銅製、鉄製などの種類がある。
石燈籠・金燈籠、台燈龍・釣り燈籠など、材料や形によってさまざまな種類があり、
また時代によっても異なる。台灯籠には立
(たち)灯籠と置
(おき)灯籠、
釣灯籠には下げ灯籠と懸
(かけ)灯籠がある。灯籠は神仏に灯明を献ずるためや、
交通の照明としてのほか、庭園内では鑑賞のための庭灯籠が置かれた。
金銅八角燈篭 : 752(天平勝宝4)年、奈良・
東大寺の大仏開眼に鋳造されたものと考えられ、
大仏殿の前に据えられている国宝の燈篭である。羽目板の音声菩薩
(おんじょうぼさつ)や
扉の獅子など、天平時代レリーフの白眉として名高い。
金銅灯籠(奈良・東大寺)。
京都国立博物館の前庭にある東大寺の複製燈篭(2011.4.12撮影)
大講堂前にある金銅灯籠(奈良・法隆寺)。徳川綱吉の母・桂昌院が綱吉の武運長久を祈願して
この燈籠を建立、徳川家の家紋「三つ葉葵」と桂昌院の実家・本庄家の家紋「九目結紋」がある
石燈籠(いしどうろう) : 石でつくった灯籠。社寺に据えて灯火をともし、
また、庭園などに置いて趣を添える。日本には
飛鳥時代に
仏教が伝来したのと同時に
灯籠が伝来した。初期はその多くが「献灯」と呼ばれ、仏閣(社寺)に設置されていたが
庭園文化の発達と共に園内に鑑賞目的で設置されるようになった。
石質は花崗岩が主流で、その中でも御影石は石灯籠の中で最も多い。
用途によって種類が多く、春日・雪見・遠州・織部などがある。
石灯籠の部分名称(構成)
宝珠(ほうじゅ)(擬宝珠) : 笠の頂上に載る、蓮の花の蕾
(つぼみ)の形を
意匠化したとされる飾りで、宝珠だけのものと下部に上向きの蓮弁を付けた
請花
(うけばな)のついた2種類があり、後者の方がより装飾的で、ていねいなものである。
笠(かさ) : 火袋の上にのるいわば建物の屋根に相当する部分で、
六角形や四角形が主流であるが八角形や雪見型の円形などもある。
六角、八角の多角形の場合は、宝珠の下部分から角部分に向かって線が伸び、突端に笠の縁が
蕨
(わらび)のように渦巻状に反った蕨手
(わらびて)という装飾が施されることもある。
なお、四角形のものでは、蕨手はない。
火袋・灯袋(ひぶくろ) : 中台上にのり、灯火が入る部分で灯籠の主役部分である。
この部分だけは省略することができない。形は、四角、六角、八角などの低い角柱状で、
内部は空洞になっていて、側面に火口
(ひぐち)という四角い孔が空けられている。
装飾目的の場合は火をともすことは無いが、実用性が求められる場合には火や電気等により
明りがともされるので、必ず点灯のために火口、空気の流通のための火窓がつくられる。
他の側面には丸や三日月形の孔があったり、浮き彫りがあったり、無地であったりする。
平面の形は、基礎に準じるのがふつうである。
中台(ちゅうだい) : 竿の上にのり、火袋を支える部分で最下部の基礎と対照的な形をとる。
下端に竿の受座、周囲に蓮弁請花を刻成し、側面には格狭間などが入れられ、
上端には多く、火袋を受ける1〜3段のつくり出しがつくられている。
竿(さお) : 基礎の上に立つもっとも長い柱状の部分。雪見型に代表される背の低い灯籠では
よく省略される。円筒状や四角形が一般的であるが、六角形、八角形のものも見られる。
円形のものには、上部・中央・下部に帯状の節
(ふし)と呼ばれる装飾がよく用いられるが、
四角形の竿には通常、節はない。
基礎(きそ) : 最下部の足となる部分で地輪
(ちりん)ともいう。六角形や円形が主流。
上端に上にのる竿の受座
(うけざ)をつくり出し、周囲には蓮弁
(れんべん)返花を刻成し、
側面は、格狭間を入れるのが一般的である。雪見型灯籠などでは3本や4本の足で構成される。
基壇(きだん) : 基礎の下に敷かれた板状の石のことで、一石だけのものと
二石以上を合わせているものとがある。なお、この基壇は、省略されることもある。
石灯籠の代表的な種類
春日型(かすががた) : 神社仏閣で多く見られるもので実用性も高い。
竿が長く火袋が高い位置にあるのが特徴である。園路沿いに設置するのが一般的。
適切な固定措置をとらないと地震時には倒壊する危険性が高い。
旧古河庭園にある春日型灯籠。灯籠では最も多い形式であり、6尺(1m80cm)を標準とする。
図柄は名の由来となっている奈良の春日大社の神獣である鹿と鳥居を組合わせたものが特徴である。
春日大社のしだれ桜下の石燈篭群(2011.4.2撮影)
法隆寺東院伽藍の舎利殿前にある燈篭
雪見型(ゆきみがた) : 雪見とは「浮見」が変化した語である。竿と中台が無い為、高さが低い。
主に水面を照らすために用いられるので笠の部分が大きく水際に設置することが多い。
足は3本のものが主流。笠の丸い丸雪見と六角形の六角雪見がある。
旧古河庭園にある雪見型燈籠。水辺によく据えられ、その姿が水面に浮いて見える「浮見」と
点灯時にその灯が浮いて見える「浮灯」が「雪見」に変化したとする見方がある。
岬型 : 雪見型から基礎部分(足)を取り除いたもの。州浜や護岸石組の突端に設置する。
灯台を模したものである。
織部式灯籠 : つくばいの鉢明りとして使用する、四角形の火袋を持つ活込み型の灯篭。
その為、高さの調節が可能である。露地で使用される。奇抜な形から江戸時代の
茶人・古田織部好みの灯篭ということで「織部」の名が着せられるが、古田織部が
考案したという証拠は無い。石竿に十字模様や聖人のようにも見える石像が刻まれており、
これをもってキリシタン灯篭と呼ばれることもある。ただし、織部灯篭をキリシタン遺物と
結びつける説が現れたのは昭和初期からであり、否定的な学者も多い。
奥の院型(おくのいんがた) : 奈良の春日神社奥の院にあるものが本家。
受の上下に蓮弁を刻み、十二支を彫り干支方角に据えるといわれる。
旧古河庭園にある国内最大の奥の院型灯籠。灯袋に牡丹・唐獅子・雲・七宝透(しっぽうす)かしを、
中台に十二支を、基礎に波に千鳥又は波に兎を刻んでいる。
奈良の春日大社の奥の院にあるものを本家として発展した。
泰平型(たいへいがた) : 笠に角柱状の蕨手
(わらびて)をもち、
火袋の十文字、雲、×印、日、月の彫りが特徴である。
旧古河庭園にある泰平型灯籠。名前の如くどっしりとした形で、
笠の蕨手(わらびて)は角柱のようにごつごつし、竿は太く節も3つある。
濡鷺型(ぬれさぎがた) : 他の形式に比べて笠が厚く、むくり(反り)が無い。
図柄は「濡れ」を文字で「鷺」を絵で表現するか、「濡鷺」を文字で表現する2種類がある。
旧古河庭園にある濡鷺型灯籠。
A盆供養のためにともして精霊
(しょうりょう)に供える灯火。盆灯籠。[
季語]秋−生活。
奈良時代の初めに百済から伝来したもので、神社のみならず寺院にもある。
いずれも、神仏への献灯を目的としてたてられ、灯火を灯すことによって、
神仏のご加護をより一層強く祈るためと考えられる。
一般的に屋外には石燈籠を、廻廊
(かいろう)には金属製の釣り燈籠が並べられることが多い。
春日大社(奈良)の万燈籠のように、神社によっては数多くの燈龍がたてられていることがあるが、
これらの中には、祈願が成就したお礼に奉納されたものも数多くある。
えびす万灯籠 : 兵庫県の西宮神社で、毎年7月20日の夕刻に斎行されるもので、
参拝者が見守る中、境内約330基の石燈籠と約4000基のろうそくに御神火が次々と灯され、
光の列を創る。日が沈み、うす暗くなる中で、浮かび上がる幾千の光は、
幻想的な風景で参拝者を楽しませる。
えびす万灯籠(壁紙.comより)
春日大社の万燈籠 : 奈良春日大社境内の3000に及ぶ燈籠は、
平安時代の末期から今日に至るまで藤原氏をはじめ広く一般国民から奉納されたもので、
2月の節分の日の18時30分頃〜21時頃まで行われる
節分万灯籠(せつぶんまんとうろう)と、
盆の8月14日、15日両日の夜(一般公開は14日のみ)19時頃〜21時30分頃まで行われる
中元万燈籠(ちゅうげんまんとうろう)があり、すべての燈籠に火が入れられる。
この時だけは本殿内の灯籠がある部分に特別入場する事が出来るが、入場料金500円が要る。
万燈籠とは、この燈籠に祈りや願いごと、また感謝の気持ちが記された献燈紙
(けんとうし)を貼り、
春日の神様の恵みに感謝する神事である。ほのかなろうそくの炎が朱塗りの社殿を美しく照らし、
幽玄の世界が繰り広げられる祈願祭として知られている。
奈良春日大社境内の中元万燈籠
参 :
春日大社(公式HP)、[
YouTube]
奈良・春日大社で節分万燈籠
節分の2009年2月3日、奈良市の春日大社では、境内の燈籠約3000基に
一斉に灯をともす「節分万燈籠」が行われ、参拝者らは1年間の無病息災を願った。
同大社には石燈籠約2000基、釣燈籠約1000基があり、万燈籠は毎年、
節分と盆に行われている恒例行事。この日夕、釣燈籠や石燈籠に次々と灯が入れられると、
「春日の杜」は幻想的な雰囲気に。あいにくの雨と寒さの中、
参拝者らはシカなどの透かし彫りが施された釣燈籠の浄火に見入っていた。
吉原の万灯籠(マンドロ) : 京都府舞鶴市字西吉原で、毎年8月15日の夜に行なわれる
盆の火祭りのこと。マンドロとは、先端部の枝葉を残した巨大な竹を真柱とする。
真柱に青竹でつくった小判型の枠を取り付け、その枠に7本の横棒(青竹)を通す。
さらに横棒の左右先端(本則は12灯)に松明を差し込むと完成する。
高さ18m、最大巾5mもの大きさになり、全体が魚形を思わせる。完成まで1日がかりとなる。
行事は午後7時頃から、伊佐津川の河口に架かる大和橋上手の川中でスタートする。
万灯籠をつくった青年たちが再び集まると、氏神の朝代神社に参拝し、御幣をいただく。
そして愛宕権現(円隆寺)にまわり神火を授かってくる。現在は、小型の万灯籠一基をつくり、
その松明に神火をうつして、炬火リレーのように賑やかに戻ってくる。
スタート地点に戻ると、御幣を万灯籠の先端に差し立てて川中に運び出す。
神火で松明に点火すると、万灯籠を直立させてグルグルと回転させるのである。
火の粉が舞いたち、勇壮な舞いが繰り広げられる。川面に映える姿は、幻想的で美しい余情を湛える。
この吉原の万灯籠は、享保年間(1716〜1736)にクラゲが大量に発生したことに由来する。
クラゲによりまったく漁が出来なくなり、それが海神の怒りによるものだとして、
なだめ鎮めるために海中で大火を焚いたのが始まりと伝えられている。